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三谷てるみの「美肌学」
● 第6回 スティンギング(Stinging)という悩ましいもの
 スティンギングは化粧品研究者の中にもまだ充分理解されていない非常に厄介
 で、しかも悩ましい現象です。一般にはスティンギングとは、虫などに刺されて痛いことをいいます。化粧品では塗布したときにチクチクした軽い痛みを感じることをいいます。正に刺激と言う言葉がぴったりの現象なのですが、既に“刺激”は “刺激性接触皮膚炎”として “毒性”の意味で専門用語として使われているので、それと区別するために“スティンギング”と呼びます。この呼び方は私が日本で最初にこの現象を恩師須貝哲郎先生と共に論文(*)に書いた時、今後“スティンギング”と呼びましょうと定義しました。ですから感覚は刺激なのですが“刺激(=毒性)”ではないという理解しにくい現象です。
 それは、もう15年ほど前になりますが、私が須貝先生のところで化粧品皮膚炎の研究をしていたときに、“化粧品を塗ると、跳び上がるほど痛い”という患者さんが来られました。接触皮膚炎の原因物質を探すパッチテストをしても、スクラッチテストをしても、腕や背中には何の反応もありません。患者さんはナーバスになっている場合が多いので、なんだか俄かには信じられない話でした。
 ところが外国製の某化粧品を使用テストしたとき、これぞ跳び上がると言う
 表現がぴったりのことが私の顔に起きました。“これだったのか!”という
 ことで、では“何が原因?何が起きている?なぜ?”と疑問が湧いてきました。自分が経験してみて初めてその深刻さが解り、真剣に調べてみようと思いました。当時の医学文献オンライン・データーベースでstingingを検索すると、ほとんどが虫刺されの論文でした。この時Kligman(米国の有名な皮膚科医)がstinging現象の詳細な報告がなされていることを知りました。しかし、わが国においてはまったく取り上げられておりませんでした。
 化粧品の安全性は須貝先生の提案した皮膚刺激指数による評価法など研究の成果が目覚しく、いまや化粧品は安心してお使い頂けるようになりました。しかし、安全性のテストとしては、このスティンギングはもともとの概念の難しさと再現性の低さ、個体差、部位差など検出方法の難しさから、なかなか思うようにいかず、ですから消費者の理解もまだ得られない状態です。
 しかしスティンギングはよく考えてみると、ごく軽いものは日常的に経験する現象です。いつも使っている化粧水を肌に塗布した時、小鼻のあたりがピリピリ・チクチクとした感触があっても、ほとんどの人は“肌が痛んでいる”とか“肌が荒れている”と思って見過ごしています。しかしそれが色々な条件が重なって、ちょっと強く出たとき、あるいは皮膚が赤くなったとき、この“刺激感”が刺激(=毒性)”と混同してややこしくなります。
 スティンギングは経皮吸収された物質が皮膚細胞の化学伝達物質を放出させ、痛みを感じさせる現象です。何かの具合で火事ではないのに火災報知機が働いて間違った情報を出してしまう火災報知機の誤作動のようなものです。炎症が無いのに痛みを感じる…炎が無いのにベルが鳴る…こう申し上げると理解し易いと思います。
 スティンギング能と刺激能は相関しないという事は多くの研究者が報告しておりますが、実際に痛みという具体的な感覚があるスティンギングは必ずしも痛みを伴わない刺激(=毒性)より消費者には重大なことのように感じます。スティンギングを繰り返したからといって皮膚の損傷は少ないのですが刺激(=毒性)を繰り返すと皮膚はダメージを受け、刺激性接触皮膚炎を起こします。
 この刺激(=毒性)は物質の濃度を上げれば誰でも起こりますし、動物でも皮膚炎の実験が出来ます。しかしスティンギングは何度も申し上げたように個体差・部位差が大きく同じ人でも起きるときと起きないときがあり、再現性が低いため事前にチェックしにくいものです。スティンギングが起き易い物質として乳酸などの有機酸(今流行りのAHA,フルーツ酸など)やエタノール、フェノキシエタノールなどがあります。
 一方皮膚の方ですが、スティンギングが起き易い人をスティンガーと呼び、このような人こそ皮膚科の研究者は敏感肌と呼びます。また洗顔を熱心にする人も角層が薄く脱脂されているためスティンギングを起こし易い状態です。スティンギングのテストのとき石鹸で3回洗顔をした後試料を塗布するとスティンギングが起こりやすくなります。
 この拙文のタイトルに“悩ましい”と付けたのは、悩ましいことに、スティンギングが消費者に理解されにくい現象であると同時に、スティンギングが起きることと化粧品の安全性とは別のことでありながら、たまたま同時に偶然に別の機構でアレルギー性や刺激性(=毒性)が起きることもあるからです。トレジャーは敏感肌のお手入れ用ですから、ご愛用者はスティンギングの起き易いお肌の方です。お電話などで、“美容液を塗布した時、赤くなった”“クリームを塗布した時ピリピリした”と伺うと、それがスティンギングであることが容易に想像できても、お電話だけでは、刺激性やアレルギー性を否定するだけの客観情報に乏しく 、“それはスティンギングですから心配ありません”と言い切る事が出来ないのです。 しぶしぶながら“残念ですが、使用を中止して下さい”と申し上げることになります。

日本香粧品科学会誌 Vol.12 No.4 1988 P238〜247
Phenoxyethanol と他の若干化粧品原料との組み合わせによる Stinging 現象

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   ⇒ info@treasure.jp
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●開発者紹介> 三谷てるみ | 美肌学